漢字で「触診」などと書きますと、ずいぶん難しい治療に感じられます。 わたしの場合はそれが治療行為なわけですが、みなさんだって、日常生活である種の触診をしているのです。 触診とは感覚をとぎすまして相対することだと思うのです。 たとえば、洋服を買うときであれば似合うかどうか、手触りや着心地はどうかなどと考えたり、食材を選ぶときには、鮮度はいいか、実がつまっているかなどと感覚を働かせるでしょう。
しかし、わたしたちの場合は、痛みや不調を訴えておられる方に触れ、見えないことも観る努力をしなくてはなりません。そのためには、専門の知識が必要です。 その基本となる学問が解剖学になります。
上の図を見ると、椎骨の椎弓根に隣接した部位にすきまがあり、これを椎間孔と呼びます。 椎間孔からは脊髄から分岐した神経が通り抜けています。 この通り抜けた神経の分岐に坐骨神経や自律神経など、 たくさんの神経の枝が幹である 脊髄から出ているのです。
背中にある骨に歪みが生じ、ある許容範囲を逸脱すると、自覚症状として腰痛、胃痛、心臓が重苦しい、食欲減退など、 症状としては数えきれないほど発生し、また病名も必然的に多くなってきます。
椎間孔の分岐から内臓の働きやホルモンの分泌を自動的に調整する自律神経が 筋肉に働きかける仕組みになっています。来院された方の体を診る場合、関節の可動性、筋肉の弾力、疾病と思われる反応点として痛み、腫脹、 硬直、硬結、 圧痛などを把握します。 さら に骨盤の左右の歪みを知るうえで左右の腋の下にて体温差を計り、歪みの 状態をあらかじめ把握しておきます。 初診時、 必ず左右の腋の下に体温計を入れることをお願いすると、多くの方が不思議そうな顔をします。
これらを統合して、触診してみると 「どうして痛いところがわかるの?」 という方もいますし、 逆に「どうしてこの痛みがわからないのか、 へたくそ」といわれる方もおられます。 少し症例をあげて説明します。
まずは触診してみて、 はっきり患部が感じられる場合です。 これには「ひどく痛む」とか「たまらなく息苦しい」 などのはっきりした自覚症状 がある場合と、自覚がなくても症状がひどい場合があります。
触れてみる と、 まるで鉛でも流し込んだような、 硬く冷たい、いやな感じがします。「これではつらかったでしょう」 と患者さんをねぎらっても、 当人はまったく感じていないことがよくあるのです。
わたしたちは、こうしたケースを重い状態と考え、 用心してかかります。 回復していく経過の中で、 高熱が出たり、 激しい痛みに変わったり、重くだるくなったりと、 患者さんが動揺されることがあるからなのです。
来院された方は、 ひどい痛みを訴えられているのに、触診しても感じられないケースがあります。 このケースも用心してかからなければなりません。 体のエネルギーがかなり低下している場合と、症状が内へ内へと入り 込んでしまっている場合が考えられるからです。
衰弱している人に強い整復はできません。 エネルギーを消耗させないように生活面の指導をして、エネルギーが自然に満ちてくるのを待ちます。
また、症状が内にこもっている人には、 幹となる部位の調整をしてゆく と、だんだん症状が表に現われ、触診すると明らかな患部を感じられるようになるのです。